「子育てが女性の役割であるかのように表現されているのはなぜ?」「男性の管理職しか登場しないのは不自然では?」など、広告表現に対して違和感を覚えたことがある方は決して少なくないでしょう。実際、近年はこうした違和感や不快感がSNSなどで大きな批判の声となり、いわゆる「炎上」につながった事例も見られます。
多くの人が目にする広告を制作するにあたって人権に配慮することは、企業が果たすべき社会的責任の1つといえます。一方で、あらゆる人に配慮しているつもりでも、思わぬところで批判の的となることもあり得るのが実情です。今回は、ジェンダー表現が物議を醸した広告について、2024年の事例を振り返りながら解説します。
目次
- 企業・ブランドの成長には人権への配慮が不可欠
- ジェンダー表現が物議を醸した広告の事例【2024年】
- 広告におけるジェンダー表現を適切に評価するのは難しい
- マーケターと生活者との間でギャップが生じるのはなぜ?
- 客観性の高い広告表現の検証が求められている
企業・ブランドの成長には人権への配慮が不可欠

企業・ブランドが着実に成長していく上で、人権への配慮は欠かせない要素の1つです。1948年に「世界人権宣言」が採択されて以来、人権への配慮は世界的な関心事となっています。近年では日本においても、中央省庁が企業に向けて行動計画やガイドラインを公開するようになりました。
【ビジネスと人権に関する動向の一例】
- 「『ビジネスと人権』に関する行動計画」の公開(外務省 2020年)
- 「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」の公開(経済産業省 2023年)
昨今、企業にはどのような人権配慮が求められているのでしょうか。まずは近年の動向を確認しておきましょう。
広告コミュニケーションと関係が深い3つの領域
外務省が公開した「『ビジネスと人権』に関する行動計画」では、行動計画として次の6分野が挙げられています。
- 労働(働きがいのある人間らしい仕事の促進等)
- 子どもの権利の保護・促進
- 新しい技術の発展に伴う人権(AI等)
- 消費者の権利・役割
- 法の下の平等(障がい者・女性・性的指向・性自認等)
- 外国人材の受け入れ・共生
上記のうち、「子ども」「AI」「多様性(DEI)」に関しては、とくに広告コミュニケーションとの関わりが深く、本記事のテーマであるジェンダー表現は「法の下の平等」に含まれます。
企業による人権への配慮は始まったばかり
人権配慮の重要性が再認識されつつあるとはいえ、企業による具体的な取り組みは始まったばかりです。日本貿易振興機構(JETRO)による2023年度の調査.pdfによると、人権への配慮に力を入れている企業は全体の約1割※1という結果が出ています。
※1:人権デューディリジェンスへの取り組みを実施している企業は全体の9.9%。
また、帝国データバンクの2024年の調査によると、SDGs17目標のうち、「5. ジェンダー平等の実現」に注力している企業は14.6%、「10. 人や国の不平等をなくす」に関しては9.7%にとどまっているのが実情です。また、DEIについてその意味と重要性を理解し、具体的な取り組みを推進している企業は8.8%にとどまっています。このように、企業による人権への配慮は決して十分といえる状況ではなく、今後いっそうの取り組みが求められていると捉える必要があるでしょう。
ジェンダー表現が物議を醸した広告の事例【2024年】

広告は社会の価値観に与える影響も大きく、ステレオタイプな表現は人々の固定観念を助長する要因にもなりかねません。なかでもジェンダーに関する表現は、人々の無意識の偏見や固定観念を助長しかねないため、特に慎重な配慮が求められます。実際、日本におけるジェンダーギャップ指数は世界で下位30〜20%程度を推移している状況であり、人権への配慮の意識を向上させるためには、ジェンダーという分野への取り組みが欠かせません。こうした背景を踏まえ、ここからは2024年にジェンダー表現が物議を醸した広告の事例と、問題視された点を振り返ってみましょう。
事例1:生理痛・PMSの擬人化(医薬品メーカー)
医薬品メーカーA社は、生理痛・PMSの症状キャラクター化し、イベントに起用しました。
企業側としては、生理のつらさに気づいてもらい、対話を促す狙いがあったようです。しかしながら、生理という人によってその度合いもつらさ大きく異なるセンシティブな話題をポップに扱ってしまったがために、生理そのものが軽視されかねない表現として非難を浴び、結果としてイベントは中止となりました。
【SNSの声(要旨)】
- 症状の軽重が誤解されるようなことがあれば、かえってマイナス効果をもたらす
- 女性の負担を軽減するのではなく、同じ苦痛を味わうよう強いているように感じる
- イベントのネーミングが軽いと感じる
事例2:性別によるキャッチコピーの使い分け(製薬会社)
製薬会社B社は、栄養ドリンクの広告を電車内に掲載。女性の画像には家事・育児・仕事が「疲れ」の原因になっているのに対し、男性の画像では今の社会、時代のあり方を「疲れ」の主な原因としているようなコピーが冠されていました。このようなコピーの非対称性は性役割の固定化につながるのではないかと物議を醸し、SNSで論争に発展する事態となりました。
【SNSの声(要旨)】
- 実際にあり得ることではあるものの、これが当然の状況といわれているように感じる人もいるのでは
- 女性だけに仕事をしたうえで、家事育児を推し付けているように思える
- 男女別々のポスターにしたこと自体に問題があったのでは
事例3:「かわいい」基準の否定(消費財メーカー)
消費財メーカーC社は、従来の「かわいい」の基準を否定するコンセプトの駅ポスターを掲示。SNSを中心に「かわいい」とされる基準に取り消し線を引き、「正解などない」といった趣旨のメッセージを込めました。しかし、生活者には企業側の意図が真逆の意味で伝わり、かえってルッキズムを助長しかねない表現と解釈されてしまいました。
【SNSの声(要旨)】
- 広告を見なければ、美容用語の存在そのものを知らずに済んだはず
- 広告がきっかけで人の顔のパーツが気になるようになった
- 美容業界側の論理に徹していて、本当に悩みを抱えている人に寄り添っていない
事例4:衣類に印字されたメッセージ(衣料品小売業)
衣料品小売業を営むD社では、「パパはいつも寝てる」「ママがいい」といった文言を印字したTシャツを販売。これらのメッセージが男女差別にあたるのではないか、といった批判が相次ぎ、該当商品の発売中止を決定することとなりました。
【SNSの声(要旨)】
- 片方の親の悪口を子どもに吹き込んでいるように感じる
- 男女の立場を逆にしたメッセージだったとしたら、大問題だとすぐに気づくはず
- 夫の悪口が書かれた服を、夫の稼ぎで買っているとしたら精神的DVに近い
事例5:女性半額プロモーション(飲食店チェーン)
飲食店チェーンを展開するE社では、「女性は男性よりも注文量が少ない」との統計的傾向にもとづき、女性半額食べ放題のプロモーションを実施。かつては映画館などで「レディースデイ」といった女性向けの割引が広く見られた時期もありましたが、近年はその是非が問われるようになっており、本件も男女差別にあたるのではないかと批判の声が上がりました。
【SNSの声(要旨)】
- 今までは見過ごされてきた慣習も、今の時代には差別と見なされかねない
- 女性に特化した割引がアウトなら、高齢者が対象の割引や学割もアウトなのでは
- 女性というワードが絡んでいるから問題になったのかもしれない
広告におけるジェンダー表現を適切に評価するのは難しい
前掲の5つの事例のように非難の声があがることはなくても、企業側の意図と生活者の受け取り方に食い違いが生じることは十分に考えられます。
オリコムの調査によれば、広告を作る際に「ジェンダー表現に配慮している」と回答したマーケターは95.3%にのぼりました。これに対して、普段目にする広告が「ジェンダー表現に配慮されている」と感じている生活者は34.1%にとどまっています。作り手としては対策を講じているつもりでも、実際にはそれらの配慮が十分に届いていないのが実情といえるのではないでしょうか。
マーケターと生活者との間でギャップが生じるのはなぜ?

では、なぜマーケターと生活者の間に認識のギャップが生じてしまうのでしょうか。主な要因として、次の3点が挙げられます。
鋭い視点をもつ生活者の存在
1つめの原因として、広告表現に対する鋭い視点をもつ生活者が少なからず存在する点が挙げられます。オリコムが実施した調査では、「ジェンダー表現への配慮」に欠けていると感じる理由として、次のような声が寄せられました。
- 男の人がわざとらしく家事をしている
- 女性の肉体を広告のアイキャッチャーとして使っている
- 男性の上司と若い女性がセットという設定が多すぎる
- 女の子は小さく、男の子は大きいものとして表現されている
- 将来の夢がバスの運転手=男の子、といった図式に偏っている
このように、広告表現の背景にある状況やストーリーを敏感に読み取り、配慮に欠けていると感じる生活者が一定数存在することは、マーケターと生活者の間でギャップが生じる要因の1つと考えられます。
自身の感覚の言語化になれていない生活者
広告表現への違和感を敏感に察知する生活者が存在する一方で、自身の感覚を言語化することに慣れていない生活者も多数います。とくにジェンダー表現に関しては、感覚的に不快感や違和感を覚えることはあっても、その正体が何なのかを言語化できる人はまだ少数であり、その結果として生活者から声が上がりにくい傾向があります。そのため、実態を把握しにくいことも要因としてあげられます。同調査では、次のような声も寄せられました。
- はっきりしないが、なんとなく引っかかる表現がある
- なんとなくなので、そこまでの理由はない
- うまくいえないが、配慮に欠けていると感じる
- あくまでも感覚によるもの
- 直感でおかしいのではないかと感じた
苦言や違和感の指摘となって顕在化していないからといって、生活者に受け入れられているとは限りません。ジェンダー表現に関する見えないリスクを抱えている可能性もある点を認識しておく必要があるでしょう。
マジョリティを基準とする社会構造
マジョリティにもとづく社会構造も、マーケターと生活者の間でギャップが生じる要因となっています。
マジョリティにもとづく社会構造のいびつさは、しばしば「透明な自動ドア」を比喩されますが、これはマジョリティにとっては当たり前すぎて意識することはない制度や仕組み、考え方が、マイノリティにとっては障壁となり得るという、意識されにくい特権や有利な状況を指し示す言葉です。
マーケターがマジョリティ側に近い属性の場合、こうした歪みに対して自覚的になりにくい可能性があります。なお、ここでのマジョリティは単に数の大小だけではなく、社会的な力の得やすさも含んでいることに注意が必要です。
客観性の高い広告表現の検証が求められている
今回紹介してきたとおり、作り手側が意識していない・気づいていないところで広告表現が受け手に不快感を与えたり、物議を醸したりする恐れがあります。そして、これらのリスクに立ち向かうためには、勘や経験を頼みの綱とするのではなく、より客観的な視点にもとづいて広告表現を検証する体制づくりを今後はより強く求められるようになるでしょう。
客観性の高い広告表現の検証を実施したい事業者様には、DEI・ジェンダーに関する評価測定サービス「DEI Quick Checker™」の活用をおすすめします。DEI Quick Checker™は、AI+人によるチェックを通じて客観的な判断軸を提供するツールです。生活者が広告を目にした際の感情を「DEIスコア」として指標化し、そのスコアを元にメディア環境や発信者といったハイコンテクストな要素を加味して分析。企画の意図を理解した上で、アナリストが改善の方向性も含めて提言することが可能です。広告表現に客観的指標を取り入れ、自社やブランドに対する好感度低下のリスクを未然に防ぎたい事業者様は、DEI Quick Checker™を導入してみてはいかがでしょうか。
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