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「オリコムって、お葬式に集まりますよねぇ」と、外資系に転職したワカゾー君が言った。そう言うワカゾー自身が、亡くなったOBのお通夜にこうしてちゃんと来ているのだが。
この会社に25年以上もいるから、別に不思議に思ったことはなかった。しかし世間は勝手に変っていて、このごろはよほど近しい方でもないとお弔いに行かないらしい。
故人にお別れを言うのに、生前どれほどお世話になったかは関係ない。霊前で、「あの時、あんなことがありましたね」とか、「あの一言が身にしみました」とか語りかける、忘れられない出来事が一つだけあればいい。
そういうことを、この会社の社員はわかっている。
内田樹は、人間と他の霊長類を分岐する決定的な特性は『墓を作る』ことだと言っている(2004, 街場の現代思想)。
──人間の人類学的定義とは「死者の声が聞こえる動物」ということなのである。そして、人間性にかかわるすべてはこの本性から派生している。
──人間の人間性は「絶対的に理解も共感も絶したはずの他者の声が、それでもなお聴き取れる」という逆説のうちに存するのであり、そこ以外にはない。
つまり、死者のメッセージさえ聴き取り、死者とだってコミュニケートできるという思いは、他者と共に生きぬくことをあきらめない気概ともいえるのだ。創業者の銅像や歴代社長の写真を大切に祀っているのも、なにも祟りを怖れてのことではない。
それはきっと、オリコムの企業理念にある「コミュニケーション」の「クオリティ」とも、根っこのほうでつながってくる。生活者の声なき声を聴き取ることが、まさに「インサイト」だからだ。
折りしも、納棺師を描いた「おくりびと」が米アカデミー賞外国語作品賞を受賞した。他者の気配や魂魄を感じ取る想像力を、殺伐とした世の中が求めている。
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