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新入社員に話をする機会があった。「アノ広告の家族構成って、どういう意味があると思う?」と尋ねると、まず「面白い」「奇妙な」「ナンセンス」という答え。
「うん、一見ただナンセンスに見えても、そこに制作者の意図があると思うんだ」。すると、「制作者は、目を引いてこちらに乗り換えてもらおうとしています」。これが正解か? 複雑な思いがした。
この中年広告マンが社会人になった80年代は、いまはなき『広告批評』の時代だった。立ち上がった猿がヘッドホンステレオを聞いていれば「新しい進化の表現だ」と語り、洋酒のCMなのに雨の中を子犬が歩けば「弱者への愛だ」と読んでいったものだ。
もちろん広告は芸術作品ではないから、過剰に読み込むものではない。しかし、広告は言葉だけでは浸透しにくい。だから、象徴的な表現によって、心象として生活者の心に棲み込むのではなかったか。
仕方なく「じゃ、みんなが気に入っている広告は?」と話題をかえた。「家族を大切にする(公共広告)」「タバコを捨てない(JT)」。「ユニクロック」「BMWフィルム」「メントス&コーラ」「アキバでゴレンジャーと鬼ごっこ」などと続く。そうか。
広告がいくら演出を工夫しても、魂胆はわかっているよというクールな生活者がいる。彼らは、売ろうとしていない広告に惹かれている。ブログパーツやWebフィルムやCGMといった新しい技術を使いこなしている企業に魅力を感じる。
私は「メディア イズ メッセージ」というマクルーハンの言葉(それはテレビの台頭に触発されていた)を思い出した。おそらく、クロスメディア・プランニングも、メディア・エンゲージメントも、この言葉の上にある。
そんな新しい時代に、企業の思いをどうやって伝えればよいのだろうか。考え、思いついたことを徒然に記していきたい。
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